学校でのピア・サポートのすべて』(ほんの森出版 中野武房・日野宜千・森川澄男/編著)


 はじめに

 この本の刊行の発端は、平成14年3月29日、日本学校教育相談学会有志による第6回の海外研修の帰路、エア・カナダ航空の飛行機の中での会話からでした。
 3回目を迎えたカナダ、ビクトリアでのトレーバー・コール博士を講師にした「ピア・サポート・ワークショップ」に参加した私たちは、二つの大きな収穫を得ました。
 一つは、研修の第5日目に、カナダのピア・サポートの父といわれるレイ・カー博士(元ブリティシュ・コロンビア大学教授)、我々の研修会のために講師としてイギリスから参加していただいたヘレン・カウイ博士(ロンドン・サリー大学教授)それにトレーバー・コール博士・アメリカは通訳のバーンズ亀山静子さん、日本代表として編者である日野宜千先生と森川がシンポジストとなり、講師のデイビッド・ブラウン先生を司会者として、ミニ国際ピア・サポート・シンポジウムを3時間にわたって行ったことです。そこでは、お国柄を生かしながらそれぞれの国がピアサポート活動を着実に広げ、子どもたちの成長と学校の活性化に大きく貢献している様子が浮き彫りになりました。アメリカも含めて先進国では共通に社会の変化に揺れる子どもたちの姿や問題−−特に人間関係の希薄さは大きな教育課題になっていること、その中でピアサポートの活動がますます重視され、地域も巻き込んで新たな展開を始めていました。
 二つ目は、第6日に2年ぶりにダンカン市のケルシー・セカンダリースクールを訪問し、ピア・サポートの授業を見学し、先生方やサポーターと交流した際のことでした。前回訪問した際は、教頭先生に校内を案内していただきましたが、今回は、グループごとにサポーターの生徒たちが案内してくれました。なつかしい顔ぶれにも会いましたが、高校生(最上級生)になった彼・彼女たちの案内ぶりは実に見事で、熱心に誇らしく自校の説明をしてくれました。ピア・サポートの授業も9月に同じ地域のミドル・スクールから入学してくる生徒の不安や疑問についてのアンケートを取り、一つ一つについて、回答をつくるという作業でした。グループごとに模造紙に張り出された質問に対して、話し合い、回答を分担して作っていく手際の良さには感心しました。
 この学校では昨年から、「ピア・サポート」の授業(当初は選択科目)で学んだことは、社会に出て一生役たつスキルでもあるところから、必修科目として、全生徒に履修されることになったと言うことと、最後にピアサポーターから最近の実践例をお聞きした後、ピア・サポート担当のローズ先生の言葉が印象に残りました。「生徒たちはピア活動のため、多くの自分の時間を費やしているが、時間だけでなく、熱意や関心、そして何よりも同年代の友人に、時には反対の意見を言わねばならない勇気を持ち合わせていることを忘れてはならない」 ピアサポート活動が進むとまさに「生きる力」そのものが育っていく様子を学ぶことができました。

 日本でも、不安や悩みをかかえて援助を必要としている子どもたちに対して、援助の方法を学んだ仲間の生徒が支援する「ピア・サポート」活動がようやく注目されるようになりました。
 しかしまだ始まったばかりの活動で、参考資料も乏しく、「うちの学校でも始めてみようか」という声が聞こえるものの、なかなか実施に踏み切れないのが現状です。そのようななかにありながらも、それぞれの学校の特性を生かして「ピア・サポート活動」を実現している学校も現れてきました。
そこで、何とか、日本の学校にあったピア・サポート活動をこれから始めようとしている学校にすぐ役立つような入門書を出そうという話が、飛行機の中の会話から生まれたのです。
 学校現場で求められている実践事例を紹介し、前後に、「ピア・サポートとは」(基礎編)・「実施・養成に向けて」(運営編)・そして中核になる「トレーニングの展開例」(トレーニング編)の四部構成で、出版の準備に取りかかりました。
 幸い、素晴らしい実践を持つ高崎市立矢中小学校、前橋市立鎌倉中学校、金沢大学教育学部付属中学校、筑波大学付属駒場中学校・高等学校、高崎経済大学付属高等学校、北海道浅井学園大学の関係者から、貴重な実践事例が提供され、収録されることになりました。これは我が国の出版物の中で、はじめてまとまった「ピア・サポート」の実践事例の報告です。お忙しい中、執筆いただいた皆さんに心から感謝いたします。

 今回、このピア・サポート活動を、ひろく普及・推進する意味から、学校教育相談に関係する有志が集まり、12月に「日本ピア・サポート研究会」を立ち上げることになり、創立総会に間に合うように、急ピッチで遅れた作業をすすめ刊行の運びとなりました。出版を引き受けていただいた「ほんの森出版」の佐藤敏社長に、心から感謝申しあげます。
 最後に、我々にピア・サポートの道をお教えいただいて以来今日まで、毎年にわたって交流・ご指導をいただき、さらに今回本書の巻頭の言葉をいただいたトレーバー・コール博士、及びピア・サポートの父と言われるレイ・カー博士、研修のたびにご指導いただいているデビッド・ブラウン先生、それに研修のたびに通訳をお願いし、アメリカ、カナダと日本の架け橋の役をお取りいただいているニューヨーク州公認のスクールサイコロジスト、バーンズ亀山静子先生にも感謝の言葉を申しあげます。
 本書が、これからの日本におけるピアサポート活動に、一石を投ずることが出来ますことを、編者一同心から願っております。

 平成14年11月  編者 中野武房 日野宜千 森川澄男


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