社会的ひきこもりへの援助


 おわりに


 1999年12月から翌年5月にかけて、社会的ひきこもり状態にあったとされる若者が関係する衝撃的な事件が続き、そのたびに「ひきこもり」について世間一般の誤解と偏見を助長させかねないマスコミの論評や解説が相次いだ。そのため、私どもとしても社会的ひきこもりについての正しい見方を啓発する必要を痛感していた矢先であった。幸運にもトヨタ財団から青少年の社会的ひきこもりについての研究助成を受けることになり、(社団法人)青少年健康センター内の研究・臨床関係者が総力を挙げて取り組み、2001年の秋にはその成果をまとめることができた。その報告書を一般読者や社会的ひきこもりの当事者・関係者に読みやすいように書き改めたのが本書である。 
 社会的ひきこもりは、このところマスコミにも大きく取り上げられ、行政や公的機関がその対応への体制づくりに着手し始めたこともあって、やっと社会的な認知が得られるようになった。が、実際は、臨床家の間では15年以上も前から警鐘が鳴らされていたゆうしい事態なのである。しかも、不登校やいじめと同じように、わが国に特有の現象として海外からも注目を集めている。青少年健康センターは、1985年の設立以来、一貫してこの問題への相談治療と知識啓発に取り組んできた。
 本書の大きな目標は、社会的ひきこもりの概念を理論的に整理し、その実態を全国的な規模で把握するとともに、当センターのこれまでの活動をまとめて有効な対応を講ずることである。
 まず、概念であるが、第1部「社会的ひきこもりの概念」において、日本の内外での研究動向や文献を紹介し、さまざまな観点から幅広く理論的に検討した。社会的ひきこもりの精神病理、分裂病(統合失調症)との鑑別を中心とした疾病学的位置づけ、虐待やいじめなどの心的外傷との関連、学校精神保健(とくに不登校)や産業精神保健(とくに出社拒否)などとの関連について、現在までの到達点と今後の課題が示された。
 次に、実態であるが、第2部「社会的ひきこもりの実態」において、厚生労働省の協力を得て実施した保健所・精神保健福祉センターへの初の全国調査結果について報告した。精神病でないひきこもりの相談数、ひきこもり関連の問題行動(家庭内暴力、自殺、反社会行動)、年齢と継続期間、経歴(就労と不登校の経験)と依頼経路、デイケア・グループ活動実施状況、家族への取り組み、相談・支援上の問題点や今後の取り組みなどをまとめた。これは、厚生労働省が2001年5月8日付で発表した「「社会的ひきこもり」の対応ガイドライン(暫定版)−精神保健福祉センター・保健所・市町村でどのように対応するか・援助するか−」の参考資料として各都道府県・指定都市に配布された。
 その次に、対応であるが、第3部「社会的ひきこもりへの治療対応」の中で当センターの諸活動のやり方を典型的な事例に即して提示するとともに、第4部「青少年健康センターの臨床的実践活動」において、1990年代にそれらの活動を利用した事例の経過と治療効果をまとめて統計的な分析を加えた。社会的ひきこもりへの治療対応は多面的かつ包括的なアプローチを必要とする。典型的な事例では、最初は、家族ついで本人への「個人カウンセリング」をあせらず、あわてず、ていねいに行い、しだいに「宿泊療法」や「若者クラブ」など、無理に社会復帰をせかされない集団への参加を進めてゆく。それらに慣れるにしたがい、「社会参加支援活動」などを通じて現実的な社会適応を促してゆく。時には、「訪問相談活動」や「相談的家庭教師」のようにスタッフが本人の所に出向いたり、電話・手紙・ファックス・インターネットなどを活用することも有効である。ちなみに、「宿泊療法」、「若者クラブ」と「相談的家庭教師」においては、8割以上の改善率を認めた。
 以上により、当初の目標はおおかた達成されたといえるが、この1.5か年の研究期間中に、新たにあるいは継続して検討すべきさまざまな課題が以前にも増して発生した。それはこの問題の根っこの深さと広さを物語るものといえよう。
 本書が、社会的ひきこもりの相談・治療や調査研究に携わる専門家に実証的・科学的アプローチの端緒を開くだけでなく、社会的ひきこもりについて学ぼうとする人々、ならびに社会参加に向けて悪戦苦闘中のご本人や実際の生活の中で援助するご家族などにも何らかの参考となれば望外の幸せである。
 2002年7月   倉本 英彦

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