社会的ひきこもりへの援助


 はじめに


 今日、世界各国において、次の世代をになう子どもと若者の問題が大きく取りざたされている。途上国ではいかにして子どもの就学率を上げ、読み書きができない子どもを減らすかが重要な課題であり、逆に、わが国のような先進国ではいかにして子どもの離学率を下げ、教育水準の低下を防ぐかが大きな関心事である。
 21世紀が始まり、真に民主的で、多様性に富んだ市民社会を構築するためには、教育を含めた子どもと若者の健全育成こそが重要な課題であることは明白である。
 周知のごとく、近年、わが国では「学校ぎらい」、すなわち不登校児童・生徒の急激な増加が指摘されている。しかもそれは、義務教育段階での問題にとどまらずに、高校中退や若者の社会的ひきこもりなどの現象として長期化・遷延化の様相を呈しており、ますます大きな社会問題として発展して行く気配を見せている。
 欧米で1930年代から報告され始めた学校恐怖症や登校拒否の研究は、現在では下火になっており、むしろ20年以上遅れてわが国において不登校の爆発的な増加を見た。それに加えて、今日のわが国の学校精神保健は、いじめや校内暴力という大きな課題を抱えている。
 そのような問題行動がある子どもが成長しても、一部の若者においては、どこにも所属しないあるいは所属できない社会的ひきこもりの状態に陥ってしまうことがある。時には社会的ひきこもりが何年にもおよんで、一層深刻となり、何ら生産的活動に従事することなく、あたら若いエネルギーを無為に費やしてしまう。わが国の未来を考えると、これはゆゆしき事態といわざるを得ない。
 ところが、そうした若者の実態解明や対策となると、まだまだ試行錯誤の段階で、はなはだ貧弱である。今こそ、この問題の概念を整理し、実態を把握するとともに、実践的な治療対応への具体的な指針を打ち出して行くことが求められているのである。

 本書は、財団法人トヨタ財団の1999年度研究助成B「青少年の社会的ひきこもりの実態・成因・対策に関する実証的研究」(研究主体:青少年健康センター、研究代表者:倉本英彦)の調査研究報告書を、一般読者や社会的ひきこもりの当事者に供するために若干手直しを加えたものである。研究期間は1999年11月から2001年5月までの1.5ケ年間であった。
 研究の目的は、わが国における若者の社会的ひきこもりの問題を診断的、治療的および予防的観点からとらえ直し、その有効な対策のための基礎づくりを講ずることである。
 そのために、次のような4つをおもな内容として、研究を進めた。
 (1)文献・資料収集:社会的ひきこもりに関して日本および欧米でこれまでに発表された論文、著書、学会発表および各種統計資料をできるだけ多く収集整理し、文献的な考察を行う。
 (2)概念的考察:社会的ひきこもりに関する精神病理、他の精神障害(とくに分裂病)との鑑別、心的外傷との関連、学校精神保健(とくに不登校)との関連、産業精神保健(とくに出社拒否)との関連などについて、共同研究者間で討論を深め、まとまった論文を提出する。
 (3)一般人口中の実態調査:一般人口中の社会的ひきこもりの実態を調査するために、全国各地の精神保健福祉センターや保健所において、過去一年間に取り扱った事例について質問紙による調査を行う。
 (4)治療対応の内容と効果:青少年健康センター関連の諸施設・諸活動(北の丸クリニック、茗荷谷クラブ、保土ヶ谷ハウス、社会参加支援プログラム、相談的家庭教師)で、1990年代に治療相談を受けたあるいは現在も治療相談中の社会的ひきこもりの臨床事例を、施設毎に収集して、独自に開発した質問票を活用して、治療対応の効果などについて比較検討する。
 青少年健康センターは、1985年以来、これまで多数の社会的ひきこもりの治療・相談に実際にあたってきた。今回の研究が、わが国においても、また諸外国においても、社会的ひきこもりへの実証的かつ科学的アプローチの嚆矢となることを望んでいる。
 
 また、本書の出版にあたって、ほんの森出版社代表取締役の佐藤敏氏、編集部の小林敏史氏にはひとかたならぬお世話をいただいた。この場を借りて感謝申し上げたい。

2002年7月  倉本 英彦

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