先生のための 不登校の予防と再登校援助 コーピング・スキルで耐性と社会性を育てる

 おわりに

 本書の第1部は、一九九七年度『月刊学校教育相談』(ほんの森出版)に一年間連載をしたものを、書き直しました。
 東京都立多摩教育研究所の研究で、不登校の子どもたちを把握するために見いだされた視点、「子ども像四タイプ」を切り口として、現代の教育問題の諸側面を考え、不登校や学校不適応の短期的予防のために、それぞれの子どもに合った形で学校の楽しさを増すこと、それが耐性や社会性を培うという長期的予防になることについて述べました。そして、いじめ問題や学級崩壊などと密接に関連する子どもの情動コントロールの問題についても述べました。
 第2部は、二〇〇一年度の後半で、『月刊学校教育相談』(ほんの森出版)で連載したものです。
 こちらは、不登校問題の子どもを教師が援助するとしたら、一体何ができるであるかを考えました。この連載では、文部科学省(発足当時文部省)からの委託研究「不登校児の長期予後調査」結果を何度か引用しました。東京都立多摩教育研究所の研究もそうでしたが、この研究も、参加をしていて印象深いものでした。
 平成五年度の全国のすべての学校ぎらい生徒全員を追跡調査するという前代未聞の調査でした。調査対象二万五千人のうち、第一次の電話調査で六割以上の現状が把握できました。そして、千名を上回る人たちが質問紙調査に回答してもらえました。さらに、電話による聞き取り調査を五百名にしました。その電話調査にも直接参加する機会も得られました。聞き取り調査は、一人一時間を優に上回りました。電話の向こうから、直接に聞いた不登校体験の話は、どれも印象深いものでした。たとえ数百の事例をこなしていても、不登校の全容を知るには、このような方法でしか分かりえないように思いました。
 今回ご紹介したのは、その調査のごく一部です。この調査報告書は、結果をして語らしめるという方法を取っています。そのため、報告書では、研究者の分析や解釈を思い切り手控えたものになっています。しかし、データをよくよく眺めていると、わが国の教育問題はおろか、若年者や男女雇用格差などの労働問題、青年期のモラトリアムやパラサイト現象、そして、社会構造のつながりの脆弱さなどの問題も浮かび上がっています。一方で、不登校の体験が、その後の人生に大きなエネルギーを与え、総じて言えば、敗者復活戦としては、成功している者も少なくないことも嬉しいことでした。
 本書でも、できるだけ印象で語ることはやめ、最新の研究データを用いて今、目の前にある社会現象の意味を伝えていきたいと考えました。臨床心理学者など研究者が何を考え、何を研究しているのか、それはどのように役に立つのかについても語りたかったのです。
 一番の苦労は実はそこにありました。研究者の論文は、誤りがないように、論理的な飛躍がないように緻密に組み立てられています。それで必要十分な内容構成となっています。研究者の研究意図を損なうことなく、その研究結果の一部だけを取り出して解説をするというのは、随分と乱暴な話なのです。限られた中で分かりやすく書き直すことは、想像したよりも大変な作業でした。
 今回、読み返しながら、相当部分を書き直したのですが、それでも研究論文を紹介した部分は、どうもすっきりと頭に入りにくいと思います。どうにも成功したようには思っていません。それは、私の筆力のなさとお許しいただければ幸いです。
 なお、本書の作成にあたり、ほんの森出版の佐藤敏さんには、本当にお世話になりました。本書が成り立つまでの五年間にわたり、気長に温かく待っていただいたことが本書の完成につながったように思います。深く御礼申し上げます。


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