登校拒否・引きこもりの二次的反応 かかわりつづける人のために

 私が登校拒否・不登校の子どもとかかわりはじめた一九七二年当時、「不登校」という呼び名はありませんでした。確かに、学校に行きたいのに行けない状態は「拒否」とは言えません。「不登校」という言葉も何かしっくりきませんでした。
 子どもは、自動車の運転でいえば、アクセルとブレーキを同時に強く踏み込んでいる状態になっているのです。そのような状態を示す簡単な言葉はありません。やってみたいという自己志向性と、するのは嫌だという回避性とが同時進行しているのです。
 そこで、私はこの本では、ほとんど「登校拒否」で通しました。特別な意図はありません。登校拒否文化医学研究所という名称も、「不登校」という言葉が存在しなかった時代につけた名称です。そのまま使っています。実践家としては、子どもとかかわるのに、用語にこだわることより、システムやメカニズムの整理や解説が必要だったからです。
 大切なことは、「私と私の相手とのかかわり」を継続していく努力でした。かかわっていく過程で教えられたことをこの本に書きました。、特に、登校拒否・引きこもりの子どもにかかわりつづける大人が困っている二次的反応について、どう解釈すればいいのか、どうかかわればいいのかを中心におきました。お役に立てば望外の喜びです。
                                著   者

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