発達の危機とカウンセリング 先生のためのやさしい発達論とかかわり論

 はじめに

 本書は小・中・高校の先生方向けに書いたものであるが、親や一般の方にもお読みいただけるものである。ただし、ここに書いてある細かいことがらにとらわれて、心配しすぎたり不安をいだかないで戴きたい。
 親の不安は子どもに伝染する。親が手を抜いていたと思っていても子どもはどこかで補充しているものである。補充ができていなくて必要なときには、SOSのサインを出してくる。そのときに腰を据えて受け止めかかわってあげれば済むことである。
 親や家庭は子どもの育つ基地である。基地は安定していて子どもの不安を受け止め心を癒すところであることが何よりも重要である。詳細は本書をお読み願いたい。
 昭和30年代から10数年間公立中学校の現場の教師をしていたことや当時から教育相談にかかわっていたこともあって、今もって現場の小中学校に事例研究などで呼ばれていくことが多い。今日不登校の児童生徒が30万人といわれるようになって、どこの学校に伺っても不登校生が数人はいるし、学級崩壊寸前の小学校に呼ばれて先生方と父母との話し合いに立ち会わされたこともある。
 荒れている中学校の荒れ方は想像以上のものである。
 昭和30年代の中学校は1学級60人以上も生徒がいたことがある。当時学級定数の削減は切実な問題であった。40人ぐらいの学級になれば理想的な教育が実現できるとだれもが信じていたのではないだろうか。それが今現実に学級定数は小中学校共に40人になっている。子どもの数が少なくなってこんなにも教育が大変になろうとは誰も想像できなかったのではないだろうか。
 時の流れに従って人の気質も変容していくのは自然である。最近子どもと遊べない小学校の教師が巷で話題になるが、それ以上にここ数年の子どもの変容ぶりはすさましい。現場の先生方が如何に苦労しているかがよく分かる。
 子どもの問題がすべて手に取るように分かるようになったわけではない。一割か一分かも知れないけれど、現場の先生方が、あまりにも困惑疲労しているのを拝見して、少しでもお手伝いできたら、軽減できたらという思いで今まであちこちに書いたものを集めてみた。従って一応章立てをしているけれど、章毎に完結しているので、どこからお読みいただいてもご理解いただけるものである。一冊の本としてはあまり体系的ではないといわれるでしょうが、取り急ぎ必要なところからお読みいただきたいと願っている。
 かなり以前のことであるが、講演先のある地方の校長さんから「学級担任への応援歌」というタイトルで本にすることを薦められたことがある。自分でも少しは現場の先生方のお役に立てそうな気持ちになり、もう少し事例研究と臨床経験を積んでからと思っている内に相当の期間が過ぎてしまった。研究が進んだわけではない。学校現場に行って今の子どもたちのこころの状態の理解の仕方やかかわり方を事例を含めてお話しすると心当たりのある子どもたちが何人かいるらしく早速実践して報告され感謝されることがあるので、少しは役に立つらしいことが分かってきた程度である。
 現場の事例研究会同様に、筆者の経験から今の子どもたちはこのように理解してこのような場合にはこのようにかかわられたらという仮説的なことを本書では含んでいる。理解を深めるために具体的な実践例(個人のプライバシー保護のために事実をゆがめない程度に名前などいくつか変更・修正してある)を沢山あげながら若干の解説もしたつもりである。しかし、あくまでも仮説であって絶対ではない。こころの問題解決には読みとタイミングとかかわる人が重要である。
 子どもの問題は本で学ぶよりも、目の前の子どもから得られた手がかりをもとに仮説的にかかわってみて、その時の相手の気持ちを推察しそれに対する自分の気持ちの動きを検討し直したりして、また試行して考えるといったかかわり方から自ら学んでいくことが最もその子に適した道を見いだせると筆者は思っている。
 しかし、初心者には何を手がかりとみてよいかさえ分からないことがあるので、本書がいくつかのヒントになれば幸いである。社会や文化の変容につれて人の心の発達も徐々に変容していくが、その変容に十分対応できているとは思えない。まだまだ不十分を承知の上で、読者からのご批判を仰ぎながら徐々に改善してよいものにしていきたい所存である。
 本質をゆがめない程度に内容を修正してあるとはいえ、具体的な事例を載せたので、一般書店に注文してから本を取り寄せるシステムの「ほんの森出版」に発行をお願いした。社長の佐藤敏氏には原稿の下読みからいろいろお世話になり、ご助言もいただいた。厚く御礼申し上げる。

 2001年2月
                                    鳴澤 實

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