先生のための やさしい教師学による対応法 生徒への対応が楽になる
はじめに
教師学はトマス=ゴードン(USA)によって開発された、教師のための人間関係訓練プログラムTET(Teacher
Effectiveness Training)の日本板です。
ゴードンは臨床心理家として青少年の援助をしながら、著書の中で「親がそのつもりではないのに、いかにも容赦なく子供の自尊心を傷つけ、自信をゆるがせ、創造性の芽をつみ、やる気をしぼませ、親への愛を失わせているかを教えられた」と述べています。どの親も、わが子に良かれと思い、接しながらどうしてそんなことになってしまうのでしょうか。やがて、ゴードンは「毎日の生活の中で親が子に話す話し方、さまざまな親子の対立のとり扱い方、しつけのしかた、力や権威で価値観を押し付けるそのやり方が原因」になっていることを明らかにして、親子関係の訓練プログラムPET(Parent
Effectiveness Training)を開 発しました。このプログラムは、日本では親業訓練講座としてひろがっています。
PETが教師の研修に採用されて、その有効性が認められたことから、TETが開発されたといういきさつがあります。日本でも親業から始まって教師学へという流れがあって、教師学講座は親業訓練協会の活動のひとつになっています。
親と教師に共通することは、どんなことでしょうか。それは子供への愛と配慮と関心です。子供が健康であってほしい、友達と仲良くやってほしい、生活力をもってほしい、楽しい日々を過ごしほしい、勉強をしっかりしてほしい、などいろいろに表現されるすべてが、愛と配慮と関心からうまれてきます。
親や教師は子供の行動を見て、その行動を是正しなければならないと思った時に、「教育せにゃならん」という気になります。そして、瞬間的に怒鳴ったり、手を出したり、ガミガミかトクトクか言ってきかせたり、気にしながら考えているうちに教える機会を逃してしまったりすることになります。そんな時、行動の背景には考えと気持ちがあるのに、行動だけをとりあげてしまいがちです。
行動を見て、考えや気持ちを推測することも出来なくはないのですが、何らかの方法で表現され、誤りなく受け止められなければ、本当にわかりあうことは出来ません。気持ちについては、ことにわかりにくいものです。悲しくて大声を出していることもあるし、不安なので走りまわっていることもあります。涙はくやしくても、嬉しくても出るものです。顔で笑って心で泣いて、ということもあります。
察すれば、と言われるかもしれませんが、「何でもない普通のいい子」が突然に不登校になったり、凶悪な犯罪をおかしたりしています。とても察しきれるものではありません。
子供の考えや気持ちを理解するばかりではなく、親や教師が子供への愛と配慮と関心とをもっていることを理解してもらうためには、それを伝えられるような態度と技法を身につけることが必要です。いつかわかってもらえるだろう、という期待は、必ずしも実現するとは限りません。それを伝えていないために、あるいは誤解される伝え方をしているために、子供が「自分(子供)は愛されていない」と思いながら育っていくとしたら、双方にとって不幸なことです。
考えと気持ちを理解しあうことは人間関係にとっては必要なことなのに、それを取り上げることはなかなか難しいことです。というのは、社会生活では成員としての行動のしかたが問題になるのであって、考えや気持ちに違いやずれがあっても、許容範囲の行動をするならば良しとされるからです。実際に、私たちは相手の行動を見ることによってその人を評価していくからです。
親や教師が子供を教育するということは、彼らを社会化させつつ自己成長を促進するということです。社会化の第一歩として、乳幼児期から勝手な行動を抑えてしつけることや、我慢してでもそうすることを覚えさせるということが始まります。児童期以降になっても同様です。
命令をして行動を制約したり、説教をして態度を改めさせたり、講釈をして考えを変えようとするようなやり方をしているとしたら、子供たちはそれが愛と配慮と関心から出ているものだと思うでしょうか。また、そのやり方で、親や教師は子供の考えや気持ちがわかるでしようか。いったい、どうしたらいいのでしょう。
実は親業と教師学は、その答をもった訓練プログラムです。
私が教師学講座に参加したのは一九八六年五月に三重大学で開かれた日本最初のものでした。それは、親業訓練インストラクターに限定して開かれたもので、まだ講座としてまとまったものではありませんでした。私は親しくなった二人のインストラクターと「これは使えない」という感想を語りあっていました。
ところがその年、担任していたクラスが動揺してきた時に、私が頼れたのはまさに教師学でした。カウンセリングと親業の勉強をしてきていたので、教師学としてまとめなおしながら、現場で思い切って使ってみたのです。バラバラになってしまったクラスが次第にまとまって、落ち着いてきました。
私は、教師学について「学校現場でのカウンセリングマインドの具体的な活かし方」と言うサブタイトルをつけました。その後の経験で、教師と生徒の相互理解と創造的解決のための態度と技法として現場により有効であることから、今では「教師学マインド」と言っています。
一九八六年の秋に、親業訓練協会理事長の近藤千恵さんを中心に、阿部正直さん、小田貴美子さん、小山フサさんと私の五人で会合を重ねて、TETを日本での教師学一般講座のプログラムに整理しなおしました。それによる第一回目の講座が一九八六年一二月に開かれ、受講生は五人でした。
以来一五年、北海道から九州まで教師学を広げる活動をしてきました。各地での皆さんとの出会いに支えられてきました。その思いと実践をもとに、現場で使える「教師学での対応法」としてまとめることが出来たことを嬉しく思っています。今回、教師学について近藤理事長から改めてご教示いただけたことと、ほんの森出版の佐藤敏さん、小林敏史さんにご尽力いただけたことに深く感謝しております。
二〇〇〇年九月
高野利雄